新しい愛車たち

サイクリング

人生初の骨折、松葉杖生活は想像以上に苦行だった。
満員電車を避けるために、今まで以上に早い電車(当時はまだコロナウイルス禍前、毎日通勤していた)に乗っていた。駅まで歩けないので妻に車で送ってもらい、帰りはタクシー帰りの毎日。
電車はシルバーシート。いろいろ苦労は多く、障害者や妊婦の方の苦労を知ることのできる貴重な期間となった。
骨折直後は国内出張を多く予定していたのだが、全て同僚の人間に代わっていってもらった。
家族にも心配をかけ、職場の人間に負担をかけたのが心に重くのしかかり、断腸の思いでロードバイクやロードバイク関係の服や機材、XProva等全て売却した。
心はからっぽになった。

松葉杖の生活を続けながら、新たな趣味をそっと探し始めた。
カメラ・ポートレート作品作りがこの15年間近くの趣味だったのだが、時代の流れと共に一段落、思い切ってバッサリやめていた。
こちらはもう復活する気にならず、もっとスポーツ関係の趣味を探すのだが、意外にピタッと来るものが見つからない。
登山も考えたがどうもしっくりこない。雑誌をいろいろ見たが、興味を引くのは冬山登山等、もっと危険な方向に行ってしまう。どうも自分は何か人とは違う世界を求めるようで、なかなか無難な趣味に行きつかない。

趣味を見つける難しさを改めて思い知る日々が続いた。
そこである日、松葉杖姿で本屋に入った。
ふとサイクリング系の雑誌売り場に足を止めた。
もう見るまい、と心に決めていたが、未練がましく雑誌を手に取る。
魅力的な写真の数々。
”もうだめだ”と思い、雑誌を置いた。
そしてふとその横には「サイクリストのための百名峠ガイド」という雑誌があった。
手に取ってめくると、全国の峠の紹介があった。
頭がくらくらした。
そこには、骨折前、まだろくに行っていない多くの魅力的な峠が紹介されていた。
自転車に乗って行きたかった旅の先が1冊に渡って紹介されていた。

“やっぱりやりたかったのはこういう世界だ”
そう思うと目頭が熱くなった。
いろいろ考えて、何か気分転換のために読むため、と自分に思い込ませて、この本だけ買って帰った。
家に帰って改めてページをめくると、他の新しい趣味では容易に置き換えられない確かな魅力がそこにあった。
そうはいってもまた怪我をして同僚や家族に迷惑をかけられない。
骨折は2カ月してから松葉杖から杖、そして杖からもほぼ解放された。
ジム通いも復活した。
体力復活の目的であるが、ほどなく再びサイクリングを始める腹が固まりつつあった。
ただ怪我は避けたい。
そこで膝のプロテクター探しに翻弄した。
ネットで検索したりショップも探したりしたが、いろいろなものを買い込んだ末、結局ペダルを漕いでもあまり邪魔にならないプロテクターを見つけた。
そしてイタリア行きの前に、イタリア帰国後、プロテクターを必ずつけ、安全な場所(あまり人の多い観光地にはいかない)という条件で、自転車を復活することを家族や職場の人間に伝えた。
職場の人達は、“まあ人間、趣味も必要ですね”と本音はともかく、概ね理解してもらった。
家族は最初は難色を示したものの、安全第一に徹するという条件で、最後は賛成してもらった。

そしてイタリア旅行から帰国後、ほどなく、自転車を選んだのだが、街乗り用にクロスバイクBianchi Roma1を、そしてロードバイクは、エンデュランス用といって、あまり本格的なレーシング用でないスタイルで長距離サイクリング用のタイプ、Bianchi Infinito CV 2020の2台に決めた。

自分の趣味のイメージとしては、がちがちのレーシング用ロードバイクでスピードを求めるのではなく、周りの景色を眺めながら、長時間、いろいろな道を走り抜ける時間を楽しむ、というものだ。その意味では”エンデュランス“というタイプの自転車は自分にピッタリに思えた。
また、街乗りにロードバイクで専用シューズを履いてロードバイク用のユニフォームの様なウェアを着て走るのではなく、普段着で街になじむ格好で走りたい、という考えがあった。

ロードバイクの方は一部の部品が遅れ、手元に届いたのはだいぶ経ったが、結果的にこれはよかった。
まずはクロスバイクで自転車慣れと体力作りを自宅周りで十分行うことができたからだ。
こうして、再びサイクリングの趣味は復活の運びとなったのである。
年齢的にも体を動かす趣味は人生最後になるかもしれない。
ただ、いや、だからこそ、自分が心から気に入る趣味を通じて、人生を過ごしたい、という強いこだわりがあったのかもしれない。

というわけで、当初の予定通り、趣味のサイクリングが再開となった。



(終) 2020年5月4日

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